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【どうする家康】瀬名・築山殿(有村架純)の結末は自殺か暗殺で悲劇のヒロインか経緯まとめ

2023年NHK大河ドラマ「どうする家康」

松本潤さん主演でヒロイン役は有村架純さんです!

個人的にはお似合いカップルで好きな2人です。

しかし、今回は大河ドラマ・・恋愛映画やドラマのように幸せな結末とも限らないですよね・・

目次

瀬名・築山殿と家康の関係は?

瀬名(築山殿)は、徳川家康の妻であり、『どうする家康』ではヒロインです。

瀬名と家康の歴史上の流れについてまとめました。

家康は瀬名と結婚したことで、今川義元の直臣として迎え入れられます。

1559年、瀬名は竹千代(信康)を出産します。そして、第2子の亀姫も生まれます。

瀬名と家康は、2人の子どもと平穏に暮らしていたということですが・・

「桶狭間の戦い」で状況は急変してしまいます。

この戦で今川義元が死んだことで、家康は、駿府城から撤収します。

瀬名と子供たちを駿府城へ残したまま、岡崎城下へ。(父と妻子は別居状態に

家康は、別居の妻子を取り戻すように画策します・・

そこで家康は、今川氏真の従兄弟の城を攻めて、子ども2人を捕虜とし、

瀬名と子ども達を交換するように求めます。

こうして、ようやく瀬名と子ども達は、岡崎城へ迎え入れられることに。

無事に人質作戦は成功しました。(ようやく家康は瀬名と子ども達と暮らせることに

家康はこの人質作戦で今川氏真と決裂したため争いがはじまります。(瀬名は今川氏真とは従兄弟。立場が微妙になったという話も)

その後、信長の長女の徳姫が、信康の妻として輿入れされます。(瀬名は今川の家系。桶狭間の戦いで、今川は信長に敗れている・・複雑な関係) 

1570年、家康は武田信玄の侵攻に備え、居城を浜松に移します。

家康は、岡崎城を息子の信康に与えます。瀬名は家康にはついていかずに岡崎城に残りました。(家康は浜松。妻長男は岡崎に・・また別居に)

瀬名・築山殿の結末は?

1579年、信康の妻の徳姫(瀬名にとっては息子の嫁)が父の信長へ送った書状が瀬名の運命を決めます。

書状の内容は、夫(信康)と姑(瀬名)の悪行を並べ立てたもので、真偽は不確かなもの。

しかし、娘からの書状に激怒した信長は、家康に信康と瀬名の死罪を求めます。

そして、家康から岡崎城主と嫡男の地位を奪われた信康は切腹します

瀬名は、岡崎城から浜松城へ向う途中で殺害されます。

しかし、生存説もあり、身代わりになって死んだのは侍女で、瀬名は尼になって後世をひっそり生きた・・という節もあるそうです。

「どうする家康」では・・?

こうして史実だけ見ると、家康と瀬名の関係はどうだったのでしょうか・・

一度は別居関係になっても、人質をとってまで取り戻したのだから、その時は情はあったのでしょうかね。

瀬名は、家康が浜松へ行くときにはついていきませんでした。

今川家系で立場も微妙だった瀬名は家康ともうまくいかなくなっていたのでしょうかね。

いろいろと憶測はできますが・・・

『どうする家康』では、瀬名は家康の初恋の人・・という設定です。

それなので、家康は生涯瀬名を大切にしていくのではないか・・

史実からも結末は悲劇の可能性がありそう(暗殺)ですが、

生存説の方で・・家康にこっそり匿われて生きていてくれたらいいな~なんて。(希望)

まとめ

どうする家康についてはこちらも記事にしています。
【どうする家康】ロケ地(撮影場所)は静岡県と愛知県のどこ?目撃情報も調査!
どうする家康はコメディで評判はつまらなそう?脚本家や原作小説を調査
【どうする家康】瀬名・築山殿(有村架純)の結末は自殺か暗殺で悲劇のヒロインか経緯まとめ

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